
つい最近のことですが、友人がとある記事のURLを送ってくれました。
https://togetter.com/li/957916
これです。小説家が職業を聞かれて「文筆業です」と答えたら、こうなった というお話。^^;
小説家を目指して小説を書いている人たちの多くが、作家になるという夢を声高に語ることはないのじゃないかな?
かくいうこばちもその一人。
家族にも職場の仲間にも知人にも、ある時までは隠していました。
なぜなら、荒唐無稽な夢を語るイタイヤツと思われるのがイヤだったから。
もう一つの理由は、本当に作家になれると思っていなかったから。
(自分を信じていなかった。語った夢に対する責任の負い方を模索するのがイヤだったから)
夢を語らず秘匿していれば嗤われることもないし、結果に傷ついても傷口を抉られることもない。
つまりはそんな理由から、エクスキューズを蓑のように纏っていました。
では、どうして作家になることを荒唐無稽な夢と思ったのでしょう。
それは、作家もまた仕事であるということを、深く考えなかったからでした。
どんな作家さんも、好きなものを好きなように書くことはできないと聞きます。
商売であれば当然ですよね。好きなものを好きなように書けるのは公募作だけかもしれません。
クリエイティブな仕事にも制約はあり、制約のなかで如何に自分の力を発揮していくかには、駆け引きと辛抱強さと努力が求められる。作家も同じなんですね。^^出版不況が叫ばれる昨今、作家は、さらなる熱意と努力が必要な商売になっているのかもしれません。
が、公募作(デビュー作)が『好きなもの』だった場合はどうでしょう。
当然ながらその路線を次も求められるんじゃないのかな?
だからこそ、本当に好きなもの。本当に書きたいもの。自分がいいと思うものを見つけることが大切ですね。
あなたにはそれがありますか? 何を狙って書いていますか? 受賞後のことを考えて書いているでしょうか。
次回は受賞と落選の狭間について、主観によった記事にしますね。
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あつむさん、
初めまして。畑ともうします。
後で、ごはんのほうにもお邪魔しますね。
気楽に、そして真摯に望む目標を達成いたしましょう。
こんな私でも、いままで小説を書き続けてこられたのは、
ここにいる仲間のお陰です。辛い時って、ありますからね。
苦しいときはここで思いのたけをぶつけてくださいな。
分業がいつのまにかゆう子さんの「分人」に成長していたな^^。
小説の手法にも揺さぶりとかあるしね。一人の人間の中に、
二律背反するものが、料理のスパイスのように必要なのかな。
しかしいい角度だよね。ある意味、ジキルとハイドもそうだったのかも。
たしかに個人、あるいは人格という概念はここ300年の内に出てきたものだし、
中世以前にはいわゆる立体感を感じる機能が脳の中になかったのではという
見解を読んだことがある。
そんでもしかしたら、現在はとんでもない変革が脳の中で起こっているのかもね。
そこは、小説のネタの宝庫だと思います。
ここ百年間の間で、最も重要な心理学的発見は、
「潜在意識」の発見だと聞いた事がある。
この発見が現在の我々にどう影響するのか?
小説で表せたらいいなと、最近思っています。
そう、見えないものをどう感じさせるか? これって何にしてもだいご味だよね。
これからもよろしく!
ゆうひさん、
スランプかな?
がんば!
作家さんには悪いけど、
誰にしても特別な人間なぞ、いないし。
なれるじゃなくて、なるか? ならないか?
受動じゃなくて、能動という姿勢じゃないか。
あの人みてると、いつもそう思う^^。
今度、チャットで話そうな。
あつむさん、はじめまして(^^)
さつきと申します。
わたしはご飯にはあまり顔を出せていないのですが、
こちらで大変お世話になっております。
色々と勉強になる話を共有できますので、
ぜひいろんな物を吸収し合いましょう!
書きたいものだけでなく、
という話、確かに、と思います。
最近わたしは、常日頃から作家目線!
ということを心がけていて、
人生のいろんな場面でたぶん、いつもなら興味ないこと、ってあると思うんですけど、
最近はそういうことにも首を突っ込んでみるようにしています。
これは作家としてきっとよい経験になるはずだ、みたいな(^^)
どこにネタがあるか分かりませんし、
好き嫌いせず色んなものを知って、書いていきたいですよね♪
あつむさん、はじめまして。推敲中古参のサナギと申します。
どうぞよろしくお願いします。
苦しいと楽しい気持ち、いつまでも大事にしたいですね。
最近は、苦しい苦しい苦しい、で、ちょっと楽しい感じですが、「了」を打つ爽快感というか達成感も知ってしまってますので、それを頼りに私は頑張ります。
ゆうひさん
やめるまで頑張ろうね。
さつきさん
書きたいこと、いっぱい書きましょう。で、読ませて!
木世荷さん
分人って、分かる気がします。特別なことでもなくて、たぶん、続行中の仕事とかを、途中で切り上げられるとか、そんなことから訓練もできそうですよね。
やめて、急ぎがかたずいたらまたスムーズに始められる。そういう切り替えの積み重ねで形成されていくのかなとか思ったりして。
執筆もそうですね。二作三作同時進行できる作家さん居ますし。
一作を書き上げる過程でも、行き詰まったらやめて、また別のシーンから書ければ前に進める。ちょっと分人とはズレたかもだけど、推敲するときとか、作者の自分、読者の自分、作品に全く興味のない第三者の自分、切り替えられたらって、いつも考えてます。
畑さん
分業の話、興味深いですね。
私、春から夏にかけて実はパート三つ掛け持ちした時期があって。
二つは頼まれて仕方なくみたいな。
キャパオーバーで今は減らしましたが、まったく違う仕事でも、確かに楽しみを見つければやれる感じがしてくるものです。良い経験になりました、笑
こばちさん
小説としての体裁?みたいなものを保持していなくても、世に出ている読み物はたくさんあるわけで。それがいいのか悪いのかわかりませんが、でも、自分が小説に求めるスタイルみたいなのはあるので、そこだけは大事に守って書いていきたいなと思います。
独りよがりでないものを書けるようにしたいですね。
あつむさん。書き込んで下さって嬉しいです。
>逆に、書きたくないものを書けるということは、小説家として幸運に恵まれている。
すごいですね^^; 達観している。
そう考えられるなら、作家としての資質のひとつをもう持っているように思います。
>小説を書きたいという衝動は、自分も含め「人」ということをもっと知りたいという気持ちに繋がっているのかなあと思っています。
ここに出入りする人たちでチャットをやったことがあるのですが(右下のリンク先にチャットルームがあります)あつむさんと同じように考えている書き手さんが多かったです。私もその一人です。
ここに出入りしている人の中にはごはん!から来ている書き手さんも多いですが、あのように、作品に意見をもらえる場所は貴重ですよね。
ただ、公募作などの本気作はアップできないので、そこが悩みの種でした。
自作品を預けても安心な仲間がいて、互いに読みあえたら精度を上げていけるのに。この場所はそのために作られたようなものでした。もちろん創作に関する悩みなども語り合えるのでありがたいのです。管理人は私を含め数名でやっています。
そんな理由があって、メンバーが公募に挑む間は休眠します。今回は新年9日程度までの開設ですので、あつむさんが来てくれて嬉しかったです。
短い間ですが、お互いにたくさん学び会えたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
はじめまして。
こばち様よりHPを紹介してもらい早速訪問させて頂きました。
あつむと申します。みなさま、今後とも宜しくお願い致します。
好きなことを好きなように書く。
作家を目指す人ならば誰もがこの気持ちをもっていますよね。
ただ、書きたいものだけ書くということは、小説家としてはかなり勿体ないのではと思っております。逆に、書きたくないものを書けるということは、小説家として幸運に恵まれている。
私が小説を書く理由の根底には、想像の中でなら、私の人生の中で経験できない世の中のすべての人の「生き方」を追体験できる、ということがあるような気がします。
小説を書くという面白さの醍醐味と小説を書きたいという衝動は、自分も含め「人」ということをもっと知りたいという気持ちに繋がっているのかなあと思っています。
そんなわけで、自分が書きたいものに執着してしまうと、まだ知らない世界を知る機会をもらえたのに勿体ないなあ などと自分に言い聞かせたりして、小説の種になるテーマを日々探しております(笑)
最近では、思いついたテーマや情景など一つの材料を元に、作品を構成する練習をしております。
プロの商業作家というのは、出版社や読者からの要望に応えるためだけに作品を書かないといけないかもしれませんが、逆に言えば、それらに応えることによって小説を書く楽しみをより深く味わえるのではないでしょうか。
売れている作品とは、世の中の多くの人に寄り添い様々な感情を共有できるもの。
そう考えると、私が小説を書く理由を突き詰めた先にプロがあるのかなあと感じており、早くプロになりたいなと思います(笑)
といっても、公募作品を書き上げることもままならず、小説を書くということに真剣に向き合い始めたのもつい最近のことだったりで、ただの妄言でしかありませんが(笑)
小説を早く書き上げなきゃと思うけど、自分がせめて及第点をつけられる程度の作品にはしたいと思うと筆がなかなか進まない(苦笑)
執筆中はとても苦しく、作品を何度も何度も推敲しても満足できず、誰かに見せて落ち込んだりもするのに、それでも、小説を書くことが楽しいと感じるのは不思議です。苦しみやもがきがまだまだ足りないせいかもしれないですが(笑)
苦しいと楽しいの気持ちをずっと大切に書き続けていきたいな、と思う今日この頃です。
木世荷さん
女性は特に分人だと思う。
構造的にも、男性は女性に比べて様々なことを同時進行で行う力が弱いそう。
子供がいて家族がいて、その上で作家を目指すことの難しさと苦労は凄まじいものがあるよね。
闘う最初は女性からであり、結果を出し続けて行くことでようやく家族の理解が得られてスタートラインに立てたりもする。デビュー後は夫のメンタル面に配慮する必要が出て来たり。笑
けれど、それを分人と考えるなら、少しは楽になるのかな。^^
うん。 闘う仲間がいるのはありがたいことだ。
63歳のデビューおめでとうございます!
デビューは若い方が優位という話を時々聞くけど、そんなことはないと思う。佳い作品かそうでないか。これだけなんだよね。若い人を取って育てる体力が、業界になくなってきていることもあり、形態そのものが変化しつつある。結局は、いいものを書くしかないということなんだけど……
書きたいことのストックがたくさんあるのは素晴らしいこと!
さつきさんが敏感で豊かな感性を持っているという証拠だと思います。
好奇心や感性、誰かにこれを伝えたいと思う心は絶対に必要なんだよね。そうでなければ、物語に紡ぎ出すことはできないから。当たり前と特別と、その両方を持っているといいよねえ。^^
作家、声優、漫画家、タレント
これらの職業って、望んでいるときは軽視され、到達したときは羨望に変わるよね。
でも、その裏側を見てみれば、尊敬に値すると思うんだ。実は地道で過酷な職業であり、サラリーをもらう仕事よりずっと難しいとわかるから。
でも、ひとつだけ素晴らしいところがあって、見も知らぬ誰かの心を動かせるんだよね。
天使の梯子をかけてあげられる。
それはやっぱり特別なことだと思うんだ。
作家になれると思って作家を目指す人って、ほんの一握りなんじゃないのかな? ^^;
作家って特別なイメージがあるから。
進むのは自分の足なので、『えー、そんなこと言わずに作家になろうよー』とは言わないけれど、はじめたことを中途半端でやめるのは悔しいし、勿体ないよね。
やめるときまでは続けるというのは、私もそう思っています。いつか突然やめるかもしれないし、私はけっこうそういう生き方をしてきているなあって。笑
だって人生は一度だものね。色々やってみないと勿体ないよね。
おはようございます
畑さんの「分業」について色々考えていました
とりとめもなくなってしまいましたが
私は、平野啓一郎さんが提唱する「分人」という考え方がいいなと思っていて、そうすると「分人」毎に選択する職業も異なるのかなあとか。
読者の自分、主婦の自分、生徒の自分、先生の自分、そして執筆する自分
どれかが本当の自分というのではなく、それぞれが独立した自分でそれぞれに仕事を持っている
家族は社会の最小単位なんて言われますが、もしかすると個人が社会の最小単位でいんじゃね?なんて考えたり
畑さんのコメントで、すごくインスピレーションをいただきました
ありがとうございます
語り合う醍醐味ですねー
ゆうひさん、さつきさんお久しぶりです!
ゆうひさん、県内出身の方は63歳で今年デビューしました
本当に年齢って関係ないんだなあって
だからって私はいつまでも先伸ばしにしたくないと、いよいよ焦っているのですが、
でも、小説は待っててくれるんだなって感じました
皆様、メリークリスマス!
文筆→ああ、無職ですね、はつらい(^^;
でも、それだけ作家で食べていく、いける人というのは、一握りで、
あとはもう夢想家のように思われてしまうのでしょう(^^;
ちょうど今声優さんに関する本を読んでいて、
そちらでも世知辛いというか、職業として成り立たせるにはどれだけ大変かということが書かれていて、勉強になっております。
書きたいもののストック、わたしは割とジャンルはいっぱい出てくるんですけど、
伝えたいものの根本はいつも変わらないのかもな、と最近思います。(これも分業的かな)
本を通して、感動や幸せを分かち合えたら、なんて、そんな想いから始まったのかも。
うれしいこと悲しいこと。何を共有するにしろ、想いのこもったものが書けるようにと、日々思います。
今日満員電車から眺めた空がすごくきれいで。
雲間から顔を出していた太陽が、真っ白に眩しくて、こりゃ天使のはしごが降りてもおかしくないような、そんな感じ。
心が現れるような気持ちで、一本書けそうな気がしました^^
こばちさん、こんばんは。
ブログの再開をどうもありがとうございます!
今夜は聖なる夜ですね。
メリークリスマス月曜日!
わたしはどうもやっぱり
作家になれるなんて思えないし思わないし
自分とは交わらない遠い世界。という感じです。
書きたいこともない気がしてきたけれど
やめるまでは続けようと思います。
畑さん。
>それぞれが皆自分で、表面的には望んでいないのに、心の深層のメカニズムで自分の職業を選んでいる
そうかもね。
一見壮大でとりとめのない思考のようにも思えるけれど、実はそうではなく、宇宙は目の前のホンの些細な事柄にも宿るんだよね。
先日読んだ雑誌の中で、北尾トロさんというライターさんが、web投稿される作品について、専門家の手を経ていない文章を大衆の目に晒す恐怖について書かれていたけれど、ある作家さんもまた、学識のある人は校正さんや校閲さんになり、作家はただ書くだけだと言っていたよ。^^
商業媒体として売り出される小説もまた、そうしたものであってきたのだと思うけれど、そうやって磨かれたものをのみ読んで来た私たちは、今、我らのような素人が発表する場を得て発表する小説に面食らい、けれどいつしか慣れてきているのかもしれないね。
小説が文芸であった時代が過去のものになりつつある。
けれどそうやって文芸というスタンスが枯れて行くことは決してよいこととは言えないと思う。
読み手の感覚が荒らされてしまうし、先人が培ってきたものを無にしてしまう。新しい感性や挑戦はもちろん必要なのだけれど、それが安易に流されるものであってはいけないと思う。
>そんな分業のような見えない部分にこそが仕事の本当の価値がありそうだね。
実際に一本の作品が表に出るまでを経験してみると、見えない部分にある多くの人たちの矜持を感じる。作家は書くことを担当していると言うだけで、一作の背景にはたくさんのプロフェッショナルたちの技が生きている。小説は総合的な作品なんだよね。
その時その時の担当者によって、わずかながらも確実に仕上がりは変わる。顔も見えないそれらの職人さんたちとの連携をどうとって、さらによいものにしていく責任を作者は負う。そして読者に届くんだよね。^^
作家は孤独な仕事では決してないし、孤高の立場でも決してない。分業はその通りだと思います。
こばちさん、ゆう子さん、
お久しぶりです。
今まで幾つかの職業を経験してきましたが、
なぜ働くのかという問題は少しの間、脇にのけて、
宇宙的視点^^、視野を広げて考えると、それぞれが分業していると考えられて面白いね。
最近思うのは、それぞれが皆自分で、表面的には望んでいないのに、心の深層のメカニズムで自分の職業を選んでいるようだし、もちろん無意識のなせる業ということになるのだけど。だからさ、選んだ以上、色々な不安や悩み、問題・相克はあるけれど、それは職業選択以外、家族・人間関係の選別、所得の選別、生きがいの選択等々、他のメカニズムとの相関関係が原因なのかもしれない。
単に職業を選ぶということに関する限り、忙しい仕事、楽な仕事、きれい、汚い、肉体、頭脳、脚光を浴びる浴びない等々、比較すれば色々出てくるけど、おそらく、心の深層がその職業を選んだ理由は、そんな外的な要因ではなくてさ。たぶんもっとシンプル、それを経験したいと思ったからではないかな?
そうだとすれば、その日その日、その自分が選び抜いた仕事を味わい、楽しむことだね。まっしぐらとか、一筋とかは、そういう意味だろうし。迷いなく仕事するという意味でね。
誰かが、何かの役割を担う。そして皆が助け合って仕事をこなす。
事業の利益は表に見えるものだけど、そんな分業のような見えない部分にこそが仕事の本当の価値がありそうだね。
物語を作り、それを本にして、不特定多数の読者に届けるという様々な職業・商売を含む文化だし、それを成り立たせるのが『分業』とだとすると、読者がいなければ、本の存在は意味がないわけで、読者と作者は、本作りという大事な仕事を、根底の所で、人間が必要とする文化として分業しているわけさ。その間に出版社や印刷会社との分業や助力が入っていてもさ。
読者と作者の分業によって、読者の求める物語を作者が 、あるいは作者の考え方や経験を読者が追体験できる本を、読者にお金を払ってでも読んでもらうという行為、そのそれぞれに分業意識が問われているような気がします。
畑などは、この分業していると捉えることによって、独りよがりの作風から抜け出したいと、最近思うようになりました^^。
ま、たまにはこういう角度で考えるのもどうかな?
執筆を続けている人の多くは、仕事や家庭とのバランスを取ることを余儀なくされますよね。私もそうで、家族が応援してくれるようになったのは、何度か受賞してからのことでした。こいつ本気なんだなと思ったんだろうね^^;
メインストリームにのれない人や価値観は面白いと思います。需要がありそう。
対して口当たりのよいものを書けというお師匠さんの言葉には説得力があります。デビュー作はともかく、新人作家の賞味期限は一年、そして三作までだと言われているから。その間に素地を作らなきゃならないし、当然好きなものでなく売れるものを書かされます。
G社の場合はまさに口当たりのよいベタなものという縛りが。^^; 結果(要は売り上げ)を見て、その後もその作家と仕事をするかどうか決めるのだそうです。
だからストックはあったほうがいい。企画を通すスピードも必要になるから。
先日ある賞のファイナリストと呑んだんだけど、やはり受賞路線とは違う角度のオファーが来たと言っていました。書きたいものがそのまま通ることは稀なんだよね。やっぱり、そこは商売だから。
また話しに来ます。お互いにがんばりましょう。
書くことは、サーフィンみたいな中毒性があるように思います。
全ての方が夢中になるわけではなく、でも取りつかれるとライフスタイルを変えてしまうほど熱中してしまう。
幸い、執筆活動は引っ越しを余儀なくされるほど生活を脅かすことはありませんが。
さて、取りつかれた私は何を描きたいのか。メインストリームにのれない人や価値観を描きたい。
教室の隅っこで心霊動画を観ている男子高校生とか
(笑)しかし、現在の師匠は、口当たりの良いテーマも書け!デビュー後に備え様々なジャンルのプロットを大量にストックせよ!とおっしゃいます。
なので、私としたことがエンタメや少女の感動成長物語などに手を染めて(笑)、ストックしてあります。
それはそれで楽しいです。
みなさまの創作活動についてもうかがえると嬉しいです